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わが国における旅行の歴史

前説 語源

日本語の『旅』の語源

「タビ」⇒足袋

「タビ」⇒旅行をするとき保存食として乾し飯を持参。乾し飯はお湯で戻す=「お湯をください」=「給べ」=下さい・下さいとお願いすることが変じて「タベ」=「タビ」に変わった

英語の『ツアー』の語源

ツーナス=ろくろ=戻ってくる(戻ってくるところが在る)

トラベル=トゥリ ベール 3股の責具=痛めつける道具 トラブルと語源が通じる

旅は困難なものであり、苦痛やトラブルがたくさん起こる事

因みに「リゾート」はたびたび行くという意味、たまに行くところは「リゾート地」ではない

中国旅行の「視察」

視察とは、地方の検査や監査にいくと言う意味で、中央が地方を見下した表現。日本のツアーが中国に旅行する時は「視察旅行」と言う言葉は使ってはいけない

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日本の旅行起源前史

「熊野」の先達

平安時代の半ばから始まった「熊野参詣」

日本人の旅行をするきっかけ「信仰)の力

「熊野」は、はるか向こうにある偏狭地

※熊野を意味するもの
「クマ」は語源で「こもる」を意味し「神のいます処」・「支社の霊がかくるる処」の意味

大和地方の人々は、「熊野」を支社の国(死後の世界)に近い場所と考えていた。

浄土信仰が盛んになった時に「死者の国」=「浄土」と結び付けられていた。

中世の鎌倉・室町で益々盛んになる。これは、貨幣の流通や社寺の受け入れ態勢(宿坊)の整備と併せて、

「先達」という案内人制度が生まれた

「先達」=「山伏」が道先案内人として人々を「熊野」に案内した

添乗員の発祥=「山伏」であった

浪花講

徳川時代になると人々の経済水準が向上し、庶民の間に旅が定着

「熊野詣」から「熊野参拝」に移行

「伊勢参拝」は、以前のように信仰心だけではなくなり、参詣後伊勢神宮の近くにある遊郭で「精進落とし」と称して遊ぶのが楽しみなものに変質する

街道に宿場町が発達し、その旅館に「飯盛り女」=宿場女郎」が出現する。

「飯盛り女」の起源は、天正11年(1590年)に豊臣秀吉の小田原攻めの際に兵士の給士役で近郊の女を集めたこの女性たちが次第に売春をするようになったもの。享保の時代(1716年~1736年)に東海道を中心に急増

そこで、

文化2年(1805年)に「飯盛り女」を勧めない旅籠を紹介する「浪速講」が誕生

「浪速勧進帳」に全国加盟の旅籠(今の全国観光旅館連盟)が紹介されるようになる

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旅行業の起源

日本旅行

明治の挽歌開化で鉄道網が発達⇒人々の旅行が飛躍的に容易になる

新婚旅行・修学旅行・温泉地への旅行などがこの頃始まる

因みに日本最初の新婚旅行は、坂本竜馬とその恋女房お龍

慶応2年1866年1月24日に、寺田屋事件で傷を負った坂本竜馬が、西郷の進めもあり温泉で教養を取ると共に左手の傷を治療した旅はお龍との蜜月旅行となり、これが日本最初の新婚旅行とされている

旅行業者の重要な募集形式の団体旅行もこの時期に発祥

東海道線の草津駅で弁当屋を経営していた「南 進助」が明治38年(1905年)の高野山参拝や伊勢神宮参拝団などの企画を開始し、明治41年に7日間の江ノ島・東京・日光・長野(善光寺)を回る臨時列車の旅を企画、大成功!

ジャパン ツーリスト ビューロー(JTB)

発祥の起源は、外国人旅行客の誘致のための期間として、政府や財界を中心にして設立

明治38年(1905年)鉄道院よりアメリカに派遣されていた木下淑夫が、海外に日本の紹介や外貨獲得の手段として設立(明治45年 1912年)

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